No.Diary

ナンバーダイアリー。数字を基点に自分の世界の整理をするブログ。 written by tomorinne [all art work:Ayane Saito ]

カタパルト-catapult- [44のパズル]

これまでの枠組みは秩序の間違ったつかい方だったと示される。

秩序とは自由のためにある。

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「44のパズル/カタパルト」

 

随分ズレたニュアンスや意味で使ってんだなって思うことが多いんだけど、言葉ってそれそのものは別になんも悪いわけじゃなくて。言葉が内包してる普遍的な領域への繋がりをぶった切りながら使うおまえらの鈍さは一体なんなんだよってイラつくことがしばしばある。言葉だけじゃなくて、それは数字だったり、色だったり、ものの見方だったり。でもそれがその人にしかない納得いった視点なら、こっちもただいいねってなってる。だからきっとその言葉なり数字なりを頼りに普遍性の核みたいなものに突っ込んでいこうとしない意欲のなさを嫌ってるんだとおもう。

 

べつに「正しさ」があるわけじゃない。どんな解釈だってあるだろう。いつだって新しいものをそこから発見してくことが、同じもんばっかり繰り返すようなダッサいゴミみたいな人生を笑い飛ばすってことなんだと思う。そのゴミみたいな自分も、ゴミみたいな考え方も、ぜんぶ笑って、笑って、笑い飛ばして。自分の細胞の隅っこのはじっこの最後の一個まで、ぜんぶ笑い飛ばして消し去ってやりたい。ただの残骸の古さを記憶してるそれを。

 

イラついて、死んじまえよそんなどーでもいい生き方してんなら、って思ってるくせして、全身の細胞の60兆だか37兆だかしらないけどそこに必死になって溜め込んだ常識が強烈に反応して、嫌われないよにあいまいにへらへら誤摩化してく。誤摩化してイイヒト気取りながら、自分の真ん中のなにかがねじれて「ぐぎゃー!!!」って変な鳴き声あげているのを苦笑いしてさらに誤摩化す。たまにねじれをもとに戻そうとして地震みたいな何かを起こすそれだって、周りに影響出さないために全身の細胞で閉じ込めて内側で爆発するように仕向けてる。

 

内側で自爆しても自爆してもそれでも諦め悪く「そんなんだったら死ねよ!!クソよりクソなゴミクズが!」って、誰かのなにかを見るたびにそれに対して曖昧に笑う自分に唾飛ばしながら怒鳴ってる。どんだけ自爆させても諦めたりしない、おまえは一体なんなんだよ!!って、逆ギレしながら自分と自分で殴り合う。殴り合いながら、「クソが!クソが!」って自分が作り上げた狭っちい箱の壁にぶつかり続けてる。

 

自分の内側は爆破されてくし、外側は狭くてささくれだった壁のトゲがささって血だらけだし、殴り合ったとこはえぐれてくし。なんなんだよって疲れ切って静かになって、そんな瞬間 箱の外側からまだ聞こえてくる中途半端な言葉に、「「うっせーんだよ!黙れ!!!」」って勢い余って口が滑る。そしたらやっとその狭い狭い狭すぎてギチギチで立つことすらできやしない ちゃちな箱がぶっ壊れてく。

 

なんだよこんなペラくて安いガサガサのベニヤでできた箱だったのかよって、あっけなく壊れたそれを見ながら立ち尽くすけど、実際 情けないことにそれが生まれてはじめて自分が立った瞬間だったりする。そんなちゃちい箱すら壊さないように気をつかって、その外側にいるんだかいないんだかもわからない誰かの顔色伺って。

 

立ったままどこに歩いていいかわかんなくて、案外歩いてるひともいなくて、壊れた箱の切れ端にぎったままどうするのが正解か、ってまた「正解さがし」に精を出したり。箱から出ずに、立ったり座ったり、立ったり座ったり。

 

「出ろよ!そっから!!!!!!」

 

やっぱりまた自分のなかから声がして、でももう殴り合う気はおきなくて。まっしろになったままぼんやりしてたら、蹴っ飛ばされるように箱から外に転がり出てた。

 

別に夢のような花畑がそこに広がってるわけじゃなく、ドロっとまとわりつくグロテスクななにかと、一瞬でそれが消え去るような何もかもが粒子のような世界とが、ヒカリに揺れながら万華鏡みたいにただ変わりつづけてて。そこになにもいい悪いはなくて。蹴り出された元居た箱みたいなボロいゴミ箱にいなきゃいけない決まりもなくて。

 

そこでどんなことをするのも、なにをするのも自分で決めてよくて、右足出そうが左足出そうが口開けようが飛ぼうが転がろうがどうだっていい。細胞に溜め込んだ常識の古いふるい記憶は全然なんの役にもたたない。

 

そこでなにを頼りにするかって、「おまえが最初っから知ってるソレだろーが」って、何もかもに内包されてる普遍性の核に繋がる筋道がかすかに光って見えてくる。

 

自分が今まで秩序だと思って来たのは、ただのボロいゴミ箱で、ほんとは最初から自由に向かっていくための秩序は見え続けてたし、それを無視してたのは細胞にためこんだ誰のためかわかんない常識での正しさだったんだってなる。そんな秩序はどこにもゆがみがなくて、ゆがみのない秩序をどう解釈しようがゆがんだりしない。それはゴミ箱みたいな狭いとこには繋がってない。自分のなにもねじれない。

 

秩序は無機質な決まりごとで、常識こそが秩序なんだって思い込んでたタダのバカは、秩序はむしろ有機的な情報を汲み取って読みほどいていくことだっていう当たり前のことに気付いていってる。

 

その秩序に従っても、やっぱり古い常識の住人の声はいつまでだって聞こえてくるけど、わざわざうっせえって言いに行くまでもなく、自分に見えてる秩序を辿ってみせるだけでいい。

 

それが個人的なのに極めて広い世界に飛び出していくためのカタパルト。