No.Diary

ナンバーダイアリー。数字を基点に自分の世界の整理をするブログ。 written by tomorinne [all art work:Ayane Saito ]

#11「蝕・蘇生」 / #111111-黒の海を泳ぎはじめる

 

すべてがわたしであることを最も知っているもの。

 

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#11「蝕・蘇生」 / #111111-黒の海を泳ぎはじめる

 

見たいものがあって。それを共に味わいたい誰かがいて。「その先」の「もっと先」へ手を伸ばしている。ずっと。ずっと。誰かもきっと同じようにずっと手を伸ばしてて。一瞬触れたように思ったそれをたぐって掴み、握って、抱きあいたくて一斉にそちらに向かって走り出し、そこに見えたはずだと思った場所になにもない絶望を何度も味わう。求めるからこそ大騒ぎして、これじゃないんだ!と探しまわって。手を伸ばせば届くんだと思ってはまた伸ばして。

 

まるで蜃気楼のようで。伸ばしたはずなのに消えていて、みつけたはずだと思っても見失い、手をつなぐ相手が違うのかと周りを疑い、自分が悪いのかと責め続ける。走りぬける途中途中で価値観の違いにぶつかりながら右往左往し、這々の体でやっと走りぬけてもそこにはない「その先」の何か。

 

世界にうつる沢山の自分。周りが全てまるで鏡で。何を見ても誰を見ても発狂しそうなぐらいに自分しか見えない。どう見れば真実が見えるのかも思い出せないまま、ずっとそこに映り続ける自分を、眉間にシワを寄せて睨みつけている。一瞬互いを感じた そこにいたはずの誰かもまた、同じように眉間にシワを寄せ自分自身を睨みつけている。発狂しそうな絵面に囲まれて、私たちは発狂しないための努力に血反吐を吐き続けてる。まわりに映るその絵面は自分をうつしているように見えて自分ではないと信じているから。自分ではないそれを守りたくて。すべての人を幸せにしたくて。内側から自分を壊すように何かが私たちを蝕んでいく。

 

蝕むそれを感じながら、私たちは曖昧に笑ってきた。ハッキリ意志表示しているように見せながら、境界線を曖昧にすることをやさしさだと信じて。誰かを壊すくらいなら自分をボロボロにしたほうがいいと。何故ならすべてを愛しているから。そこに在るすべてをいとしいと、私たちは思ってきたから。誰かの話す愛の価値観じゃないかもしれないけれど、私たちは確かにすべてを愛しいと思っている。だから誰も何も壊さないために、崩壊させないために、自分を崩していく。内側から腐食させて。外側に見えるなにもかもを自分の内側にいれて、それを腐食させれば、わたしたちの愛しい世界はかわらず生き続けることが出来ると信じて。

 

 

でもまだ微かによぎる。「その先」が見たいんだ、と。

 

 

私たちは静かに考え続けた。ありとあらゆることを試してみせながら。ジリジリと内側から腐食させていくその限界まで何度も自分を切り売ることを辞めずに。そして、もうすぐ限界を迎えそうな今、たったひとつだけまだ試していないことがあるってことにわたしたちは目を向け始めてる。何度切り売っても、限界まで請け負っても、世界は決してしあわせそうじゃない。わたしたちの愛しいひとは、愛しい世界は、決して喜びに満ちてない。そしてもう私たちも、限界を超えて決壊する寸前だと知っているしもうこれ以上代われないことを感じながら、それでもまだ、ジリジリ自分が蝕まれていくのをじっと見つめている。

 

 

 

ねえ、もういいじゃないの。愛しい世界が壊れるのなら、最後のひとつを試してみても。

 

 

 

それは私たちが忌み嫌ってきた最期の砦。自分の解放。自分の隠してきた本質の解放。力の解放。それは世界を浸食する。今まで肩代わりしてでも守りたかった世界のすべてを侵していく。彼らの世界を覆いつくしながら、内側からも染めていく。ほかの何も見えなくなるほど濃く、暗く、真っ黒に。気付くだろうか、彼らはその黒のやさしさに。気付けるだろうか、その抱擁に。黒に抱かれることの恐怖に怯えないだろうか。わたしたちの愛しいものは、それに包まれてもまた復活していくだろうか、かつて見たあのうつくしい輝きを取り戻して。その黒は、すべてを肯定するものだと、認めなかったのは私たち自身なのかもしれないね。私たちが再び繋がり合い「その先」へ向かうには、この黒がすべてを覆い尽くし浸食していくなかにわたしたち自身も浸すこと。境界線を曖昧にするのではなく、すべての境界線をなくし、すべてを肯定することでしか得られないゆるされた世界へ。そこからでしか「その先」の微かな光は掴めないのだから。そうでなければ見えないほどに、わたしたちのこの世界は変質したのだから。

 

たとえ暗闇にみえたとしても、わたしたちは、その本当のうつくしさを知っているのだから。守るために否定してきたその美しさを、もう一度肯定しよう。自分と世界と、私たちの蘇生のために。